行政書士と私の人生23(二度目の引越し)

 

開業して10年ほど、調子に乗っていた30代が終わろうとしていました。最初の引越しをしてから6~7年が経過していました。

 

建設業のお客様は少しずつ増えていましたが、土地、主に農地転用の仕事が引っ越した頃から減少し続けていました。当時は土地の業務が主な収入源でしたので、自ずと事務所の業績は下がり続けました。手もとの資金がひっ迫し、月末の支払いが重なって冷や汗をかくことが多くなりました。それでも業務以外の用件に気持ちと時間を取られてしまい、業績回復の手立てを打てずにいました。

 

40歳にして少し心境の変化がありました。

 

50歳になった時の、行政書士としての自分のイメージが持てなくなっていました。今までは若手としてあくせく走り回っている姿だけで仕事をいただけた。でも40代はたぶん、それじゃ通用しない。もっとプロとして腕を上げたい、と思うようになりました。

 

ここでネジを巻きなおして、事務所を立て直そうと思い立ちました。そこで決めたことがありました。

1.お客様、お客様を紹介してくださる方との繋がりを修復する

2.ゴルフを止める

3.諸団体のお付き合いを控える

4.家賃が安いところに引っ越しをする

 

1については、改めて名刺フォルダを開業時からひとつづつ見直して顧客リストを作成しました。どんなご縁で、どんな繋がりで今の自分、仕事が成り立っているのかを再認識しました。そして定期的に接触をするタイミング、方法を検討しました。季節の挨拶回りをしたり、メールマガジンを送ったり、いろいろとチャレンジをしてみました。

 

2については、その時から一切のコンペのお誘いを断りました。昨年、訳あって10年ぶりにコースに出ましたが、一緒に回った友人には「また10年後に誘ってね」と伝えました。

 

3については、JCで色々な出会い、経験をさせてもらいましたが、自分が社交的な性格でないことで気持ちと時間に負担があるため、ゴルフ同様に苦手なことは控えようと再認識しました。なお行政書士会での活動については、別の大切な意義がありますのでここに含めてありません。

 

4については、見栄えよりもコストパフォーマンスを優先して物件探しをしました。物件探しをしていると、私はいつも不思議なめぐりあわせ、ご縁により希望にかなった場所が見つかります。その時は、妻のご縁からJR天竜川駅前のテナントを紹介してもらうことが出来ました。鍵を開けてもらい、がらんどうの部屋でしばらくイメージを膨らませると、良い気持ちになっていきました。

 

家賃は10万円ちょっとまで下がり、駐車場を別に借りても月々5万円ぐらいのコストダウンができました。なおかつ面積は広くなったので、坪単価にすると半分ぐらいになったと記憶しています。ちょっとしたセミナーが開けるほどスペースに余裕が出来ました。

 

それとこの物件は、大家さんがギャラリーとして新築したもので有名な建築家による設計らしく、造作がお洒落であること、蛍光灯の照明がすくないため、間接照明で薄暗いことが特徴でした。私は気にしていなかったのですが、社員が「夕方になると電卓の文字が消える」と嘆いていたことを思い出します。いま思うと悪いことをしました。

 

でも家賃に納得したこと、JR駅前だし、なんかお洒落、という魅力にひかれ、引っ越しを決めました。二か所目の大家さんにもとても良くしていただいたので、心苦しかったのですが、立ち退きのご挨拶をしました。引越しの作業も、コピー機の移動をメンテナンス会社に依頼した以外は、社員に手伝ってもらい自分達で行いました。これもコストダウンの一環です。

 

こうして40代の新規まき直しをしていきました。世の中も、それまでリーマンショック、大震災の大変な時期を経て、アベノミクスにより経済が上向き、民間の投資が増え、公共事業の単価も上がっていく頃でした。事務所の業績も少しずつ上向いていきました。