· 

職業インタビュー#001(株)INGENIEUR

施工管理からはみ出た「ニッチな施工計画のスペシャリスト」。

 やりたいことが分からないまま進学し、大学では留年。

「とりあえず」で選んだ会社で現場監督として14年を過ごし、その後はNEXCOへ転職するも、わずか半年で退職。順風満帆とは言いがたいキャリアの末にたどり着いたのが、建設業の中でもほとんど知られていない「施工計画」という仕事だった。

 ヘルメットをかぶらず、現場を止めず、図面と文章で巨大プロジェクトを支える——。

14年の現場監督経験を経て、現在は個人事業主としてリニア中央新幹線などの巨大プロジェクトに関わり、本業以外にも様々な仕事をする。そして、過去の仕事の経験を活かし子育てと仕事のワークライフバランスを実現する。そんな異色の経歴を持つ彼に、挫折した大学時代から、仕事の醍醐味、そして「はみ出る」ことの大切さについて語っていただきました。

 


 

工業高校進学と堕落した大学時代と「2回目の2年生」

 

工業高校という「レール」

 思い返すと、父が土木・造園の自営業をやっていたので、家には常に工具がある環境でした。だから自然と地元の工業高校に進み、土木科を選びました。

 当時、浜工はひと学年40010クラスというマンモス校で、敷かれたレールに乗って生きていた感覚でした。工業高校といっても、89割は大体、地元の建設関連の会社に就職するんですよね。だけどその時まだまだ上位の成績だったので、指定校推薦をもらえて、「大学に行けるんなら行っとけ」と親父が言ってくれて、工業系の大学に進学しました。

 

——大学生時代は、どんな風に過ごされていたんですか?

 高校時代は、真面目な大人しい高校生だったけれど一人暮らしをするようになって色々悪いことも覚えてしまって、今の自分からは想像できないくらい、典型的な「ダメ学生」でしたね。下宿が学校からバイクで5分の場所だったのですが、近すぎて逆に行かなくなる。例えば、夜中居酒屋でバイトをして、そのあとその仲間と遊び行って朝が来たら、パチンコ屋の開店に並んで、勝ったらそのまま飲みにいって、それを繰り返して、どこかで1日寝るみたいな。20数年前の話だけど、その当時の学生としては珍しくなかったと思います。

 ただ、1年目の授業は余裕だったんです。工業高校出身だったので、高校の知識でなんとかなっちゃった。「あ、勉強しなくていいじゃん」っていう甘えが出てしまって……。結果、2年目で見事に留年。そこから反省して、トータル5年かけて卒業しました。当時はガラケーのショートメールしかない時代。今のようなSNSもなくて横の繋がりが薄かった分、目先の欲求に流されて将来のことも何も考えていませんでしたね。

 


 

運送会社の「エンジニアリング部門」へ

 

——大学卒業後、最初のキャリアはどう選んだのでしょうか?

 実は、やりたいことは特になかったんです。求人票を見て「ボーナスが年間6ヶ月分出る」という理由だけで、名古屋の老舗、M運輸という運送会社を選びました。運送といっても、大きな機械を運んで終わりじゃもったいないから、据付や荷卸しも一貫して行う「エンジニアリング部門」があって。そこで14年間、現場監督として施工管理の経験を積みました。

 

実家を継ぐという選択

 

——ご実家は造園業をされていたと聞きました。継ぐという選択肢はなかったんですか?

 結果的に言うと、なかったですね。可哀想な話なんですけど、男兄弟が4人いて、一人も継がなかったんですよ。一時期、三男が「継ぐかも」みたいな時期はあったんですけど、結局やらなくて。何を思ったか、今は看護師やってます。他の兄弟はというと、兄貴も弟の一人も建設系ではあるんです。兄貴は大手住宅メーカーの子会社で住宅系の仕事をやっていて、一番下の弟は、総合建設会社に勤めた後、今は小さな工務店で働いています。そう考えると、誰も造園業は継がなかったけど、結局みんな建設の近くにいる。何かしら影響はあったんでしょうね。

 実は私も一瞬だけ考えたことはあるんです。自分が今の仕事を始めた頃、まだ親父が廃業してなかったので、「自分の事業の一部として造園も一緒にやれたら面白いかな」って。でも、現実はそんな甘くなくて。施工計画の仕事が思った以上に忙しくて、造園に手を出す余裕が全然なかった。気づいたら時間だけが過ぎていって、そうこうしているうちに造園の廃業が決まってしまいました。

 


 

「天竜人」への転職と、現場を知るがゆえの葛藤

 

——その後、NEXCOに転職されたんですよね?

 はい。M運輸では14年働かせていただいた後、さらに上の組織であるNEXCOで働くことになりました。施工業者の世界から見れば、発注者は「天竜人」(ONE PE ACEより)のような雲の上の存在です。子供が生まれたこともあり、ワークライフバランスと高待遇に惹かれて転職しました。確かに休みは激増し、収入は一年目でも14年勤めていた会社とほぼ同等のものでした。

 でも、わずか半年で辞めてしまったんです。その理由は「意識のギャップ」が自分には合わなかったからです。前の会社では14年間現場監督者として、職人さんを手配したり、ある程度、自分の計画どおりに仕事を進めたりできました。しかし、この立場の仕事では例えば、現場で書類に不備が見つかると「説明がつかないから工事を止めよう」となる。でも、前職から私は末端の職人さんが忙しい日程を調整して苦労してきてくれていることなど、そのありがたみ知っています。それでも、NEXCOは半官半民の組織なので、何よりも会計検査院(国のお金を正しく使っているか判断する機関)への説明責任が優先される。ようやく明日から乗り込みだという現場を止めることが、どれだけ職人さんへの影響があるか。そのフラストレーションに耐えられなかったんです。あとは、中小企業の現場監督だと自分の意思や経験でどうにかなることも、“前例はあるのか”や“それは検査員に説明できるのか”が重要視されていて、自分の経験や采配が活かせない、融通の利かない行政的な立場が、私には合いませんでした。

 


 

ニッチな「施工計画」という生き方

 

——そこから、今の働き方に至るわけですね。

 辞めてどうしようかという時に、古巣のM運輸から「計画書を書く人間が足りない、外注としてやってくれないか」と声をかけてもらったんです。これなら自分の経験も活かせるし、家で仕事ができるから育児にも関われる。NEXCOで働いてわかったワークライフバランスとM運輸で培った経験を活かせるWin-Winな仕事だと思って、個人事業主として独立しました。新しく始めるなんて考えもしなかったけれど、色々な点で納得がいく自分にあっている仕事だと思いました。

 

——具体的に、どのようなお仕事をされているんですか?

 一言で言えば、工事の「プラモデルの説明書」や「パラパラ漫画」を作る仕事です。トンネルの設計図ではなく、現場の職人が「どういう手順で動けば安全に組めるか」を視覚化します。例えば、今はリニア中央新幹線のシールドマシン(トンネルを掘る巨大な機械)を組み立てる手順や、掘り終わった後の解体手順を書いています。14年間、現場で培った施工管理の経験あるからこそ作れる、非常にニッチな領域です。

 基本的には、自宅で仕事をするので、朝起きて顔を洗ってさあ仕事だみたいな。ある程度自由が効くので、1日仕事している日もあれば、子供が休みに入っちゃうと子供が寝てから仕事だったり、簡単に昼夜逆転もします。家族との時間の確保という意味ではワークライフバランスは保てているとは思います。

 今の時代、就職先を1つの会社に決めてずっとそこで働く終身雇用の時代じゃない。だから1つの会社に100%ではなくて、色々なところに60%、30%、10%でもいいと思うし、実際にやってみてメインの仕事とプラスaっていいなと思う。あとはやっぱり、家で引きこもって仕事しているのは、何かと社会との繋がりが薄れてしまって良くない気がします。個人的にはそういう要因もあって今の働き方(個人事業+行政書士事務所)をしています。

 

―需要的にはどうですか?

 計画の需要ね。めちゃくちゃあるね。今、私の会社のお客さんは主に3つぐらいだあるんだけど、そのうちの一社がとても忙しいです。それなりに規模が大きい現場で、今リニアの現場のエントランスって言って、シールドマシンが最初に発進するときの入り口の水を止めるための機械を現場で組み立てる手順を作成する仕事とか、広島駅の近くで掘削の終わったシールドマシンの解体の計画をしています。もともと自分が監督でやっていたのが、そういった機械を現場で組み立てたり、解体する仕事。大手メーカーが設計製作した機械は,大きすぎて1回で運べないから、バラバラにしてトレーラーで運んでいって、それをクレーンを使ってテトリスをするみたいに積む。そして、ボルトで締めたり溶接する。そのために足場どうするとかいうことをずっと監督としてやってきて、流れがわかってるから、今その流れを図面に落とし込んで計画書にする仕事ができていると思う。すごくニッチな仕事で、学生時代は土木科だったけど、今はむしろ機械系の仕事かな。

 


 

やりがいは「日本の代表的な現場に関わる誇り」、苦労は毎日が夏休み最終日

 

——この仕事の魅力は?

 末端とはいえ、日本を代表する巨大プロジェクトに関わっている自負ですね。特に今やってるリニア関係の工事なんかは、あちこちでシールドマンが組み立てられていて、そのうちの何件かは計画しているので、リニアが開通した時、「この1000億分の1のピースは俺が作ったんだ」と、誇張して言えば、そう言える。建設業でリニア関係に携わっている人は何万といるとは思うけれど、そういった大きな現場に関われるのが土木工事の魅力だと思います。

 

―大変さや苦労は?

 個人でやっていると、頼まれたことは、「イエス」か「ハイ」か「承知しました」が基本で。やるしかないってことかな。今は特に、建設業とか残業時間の規制が厳しくなっていて、上に行くほどそういうのは厳しいだろうと思う。でも、そういう残業時間とかも関係なく、決まった納期にひたすら突き進む。一生、宿題が終わらないみたいな感じかな。ずっといつも夏休みの最終日みたいなことをやってるし、そんな感じです。

 

―この仕事をしていてお金以外に得られるものや身につく能力は?

 一つは自営でやってると、決算や税務的など会社の経理的なことを、自分でやらなきゃいけないからこそ身についていくものがあるかな。決算も自分で会計ソフトを使って、わからないなりに調べながらやって、間違ったら間違った時はっていう感じで。税理士に聞けば当然、より正しいものができるんだろうけど、自分のタイミングでやれた方が知識も残っていいかなみたいな。だからそういう本業とは別の経理的な知識が身についたりするのがいいところで。

 あとは本業の方で言えば、人前でしゃべることが多いから、計画書の発表会でわかりやすく説明する能力かな。反響が得られると嬉しいよね。分かりやすかったとか、お客さんも突っ込みどころがなく、考えてるねってなると嬉しいし。自分自身、施工管理をやってきたから、どういうことを求めてくるかっていうのがわかっている。だから、そういうのを落とし込んであげたら喜ぶ。向こうも発注者に説明しなきゃいけない。それこそNEXCOとかに対して説明があるので、この資料だったら説明しやすいよとかいってもらえると嬉しい。職人さんもそうだし、そういう発注者とかゼネコンとかからも評価されればやってよかったなと思える。

 

―計画書を説明する上で意識していることは?

 説明するときに意識するのは、1つのことを1回で言い切らないで、同じ内容を違う言い方したり、1つのことを2回に分けて説明したり、違う角度から言ったり、相手が理解しやすいように説明することかな。やっぱり専門分野の世界にいて、みんなが専門職だから、適当に言ってもわかるっていうのもあるんだけど、新人で入ってきてる人とか、職人だけどこういう仕事が初めてっていう人もいるから、できるだけそういった人へ焦点を当てて説明するようにはしている。だけど、それは分かってるよ、お前の話は長いんだよってなる危険もある。だから、説明が長くならないようには気をつけつつも、分かってもらうためにそういう点に気をつけて説明しています。

 

―成長した点は?

 昔の自分の計画書の絵に比べると、よりわかりやすくなった気がする。書き方や表現の仕方とか、昔のデータ見ると、ちょっと拙いなっていうところがあったり。サラリーマンの頃に比べて家にいるから、成長っていう面では、その成長曲線が著しく右肩上がりってわけではないけど、今は緩やかに成長している。30代後半から始めて、一番成長するいい時にゆるくなっちゃったからそれはそれで、将来の貯金を食いつぶしている感っていうのは少しあるかな。

 

―仕事をする上で大切にしていることは?

 大切にしていることはやっぱり納期だね。あとは自分が作成した計画書が自分の名刺みたいなものになるから恥ずかしくないようなものを作成する。個人でやっていて、今守らなければいけないのは納期しかないから、ただ納期を守ることに集中しています。だから、年末年始だから休みとかっていうよりは、納期までに間に合えば休みだし、間に合わなければ普通に仕事をするし、去年と一昨年の年末年始なんかは、嫁、子供は実家に帰ってもらって、ひたすら仕事をしていました。そんなことがざらにある。提出するまで頑張るけど、提出したら、正解はなくて現場の職人が「いいね」って言えばそれで終わり。最悪、伝わればいいから計画書の質はひたすら自己満だね。自分なりにこだわった計画でも、ちょっとこれだと無理ですねって言われたらもう没だし。オリジナリティを発揮しやすいんだけど、そこが難しさであり面白さでもあるかな。

 

―特に印象に残っている仕事は?

 印象に残っているのは、現場監督時代の仕事だけれど、その当時、日本一大きなシールドマンを日本一深いところで組み立てた仕事かな。完成すると直径16m、ビル5階建て相当のシールドマシンで、300tのものをクレーンで立て起こして組み立てる。結果的に自分の経験としてすごくいいものになっています。でも、無事納品は出来たものの地上の道路の陥没などのトラブルもあって今は中止になってしまっているから複雑な気持ちです。この先災害なくトンネルが完成することを願っています。

 


 

「世間のイメージ」とのギャップ

 

―世間一般の建設業の仕事のイメージとこの仕事のギャップ

 世間一般の建設業のイメージってヘルメット被って、外でするってイメージだと思うけど、意外とこういう頭脳労働とか事務仕事をやっている建設業の人は多い。そのイメージが薄いのは業界的にそう言った仕事もあるというアピールが下手なのかもしれない。でも建設業を紹介するってなると、やっぱりパソコン画面をテレビで紹介しても面白みはなくて、現場でヘルメットかぶって何か物を動かしたり、作ってる方が,、まあ魅力的に見えるし、絵面はいいだろうね。

 

―こういう仕事って学校で紹介されたり知る機会はないのですか?

 おそらく、普通は施工会社に入って、そこの監督が行う一作業の一つだから、ここだけを切り取って仕事としての紹介っていうのはなかなか成り立ちにくい部分はある。当然この仕事やるためには、現場経験がないと難しくて、これって何かルールがあるわけじゃなくて、自分の経験を紙に落とし込んでいってる。経験がないとできないから、初手でっていうのは難しいかな。いきなりこれをやりたいってやって,できるものじゃないね。

やっぱまずは、ワークライフバランスとか何よりも、寝る間も惜しんで自分の何かレベルを上げる。経験を積む。いかに早くそれをやっちゃうかで、その後の人生で自由度が決まってくる。だから若いうちはとにかく経験だったり知識をつけたほうがいいのかもしれない。最初からホワイトな仕事で、そのホワイトな仕事で成長できていればそれはそれでいいと思う。でも、自分は14年の経験の中で、やっぱすごく働いていたからこそ、今、自由に仕事をさせてもらっているっていうのもありますね。自分の時代は残業時間規制とかはなくて、青天井で働くことができたから。やればやるだけ成長できた。嫌いじゃなかったし、達成感もたくさんあったから。

 


 

―今後のビジョンは?

 今は3つの柱でやってて、1つ目は施工計画の作成提案っていうので、今ずっと話していたもの。次に建設業の各種営業支援っていうのが、この計画書を使って勉強会の開催とか手順会とか、実際にみんなの前でしゃべるっていうのもやらせてもらっています。それに加えて、営業支援の中の一つの安全教育で、熱中症予防のインストラクターの資格を取得したので、現場のみんなにこうやってすると熱中症になりにくいよとか、なったらこうしようねとかを人前で伝える講師的なことをやっていきたいですね。3つ目の特別教育っていうのは、職長教育をやれますよっていう講師の資格があって、それを活かしてそういう教育関係をこの先力を入れてやっていきたいです。要は家にいてカチカチやってるよりも、外に出て多くの人と会話をして、経験といろんな関係を作っていきたいですね。

 それに例えば、手続きのことだったら、みそら(横山さんが業務の一部を行なっている行政書士事務所)で得た知識を活かしてみたいですね。建設業に強い行政書士事務所だから、建設業との関わりが深い。例えば、みそらで開催したセミナーで隣同士になって話した建設業者さんと、実はこんなことやってるっていう話をして、営業に行ったことがある。仕事にはつながらなかったんだけど、そんな動きもあって。お客さんになるならないは別として、建設業の知識も入りやすいし、自分の経験も何か役に立つ可能性もあるし、セミナーの司会者みたいなことを任せてもらって、みそらと自分がWin-Winの関係になれればいいなと思っています。

 


 

「自問自答」の大切さ

 

―若者と接する時に意識していることは?

 説教くさくならないようにすることかな。今は、インタビューっていう場だから、言いたいことを言ってるけど。だけど、これを自分から言い出してしまったら、うざいおやじになってしまう。ほんとはそういうことを話したいけれど我慢するとかね。言い過ぎない。喋り始めるといらないことばっかり言ってしまうから。

 

―そういう話が好きな若者も一定数はいますよ

 それが好きで聞いてくれたら大歓迎なんだけどね。すごいですねって言われたら、おおって。どんどん話しちゃって。参っちゃうよね。若い人に求められたっていうだけで、もう嬉しくなっちゃうから。

 

―若い頃の自分にアドバイスをするなら?

 そうだね。もっと自問自答しとけばよかったなっていうのはあるかな。その時は全く将来のことを考えていなかったから。もうちょっとどうしたいのかってことを考えてやってみる。やってみて違ったらまたどうしたいのかっていうのを自問自答して自分の特性を知る。MBTI16personarities)ではないけれど、自分のことをもうちょっと深掘りする。そしたら、また違う結果になっていたかもしれない。でも、今の人生もすごいいいけどね。結果として今幸せだから。でも、もっとその時に自問自答していたらさらに濃くなっていたのかもしれない。だから、もっと自問自答はしとけばよかったかなと。しなくてもどうにかなるけど、自分で自分の人生のハンドルを握ってる気がして、より納得感のある人生になったかもね。

 

―やりたいことの見つけ方は?

 やりたいことね。まさに自問自答ですね。何をしてる時が好きなのか、楽しいのか。あんまり20代の頃って自分のことわかってなくて、人前でしゃべるのも苦手だったり、どっちかっていうと影の薄いタイプだったんだけど、この当時もうちょっとそういう自問自答してれば、薄いなりの何か、いい生き方とか見つけてたのかなと思います。

 


 

「はみ出るということ」

 

―若者に聞きたいことは?

 周りの評価とか、周りとの協調性とか、浮かない努力とかよりも、「やりたいことやってる?」っていうのを聞いてみたいな。特に若い子は、例えば電車で席を譲れないとか、その瞬間自分にスポットライト当たっちゃうから、嫌がるとかあるのかもしれないけど。そんなにあなたのことを誰も注目してないよって。それよりも、後で譲ればよかったかなって思うぐらいだったら、やりたいことをやった方がいいんじゃないかって。

 

―若いうちに身につけておくべき能力・力は?

 必要な力はね、はみ出る勇気かな。これまでの話で通じるとこあるけど結果、はみ出なかったら幸せかっていうと,はみ出なくてもみんな苦労してること多いと思うんだよね。給料が安かったりとか、働き方とか。働きすぎちゃって自殺する人もいたりとか、鬱になったりとか。みんなと一緒が幸せかっていうとちょっと違う気がしていて、どんどんはみ出て、自問自答して思ったことをやった方が、人の評価よりも、自分で評価できるから幸せな気がする。

 結果、それで生活保護を受けて食ってようとも、自分がやりきったと思えば、自己満ではあるけれど、いいとは思う。自己満でいいと思うんだよね。本当ね。だから、はみ出ないようにする努力っていうのは、本当に自分からしてみたらもったいないかなと思ってね。だから、自分もサラリーマンを14年やってるうちは全然、はみ出てはなかったけど、そこから初めてこう転職して、独立して、どんどんやりたことができてきた気がするけど、早いうちからはみ出てもいいと思う。

 


 

若者へ。「明日は誰にも保障されていない」

 

——最後に、進路に迷う若い人たちへアドバイスをお願いします。

「明日は誰にも保障されていない」という言葉を贈りたいです。 この言葉は、現ソフトバンクの孫正義社長の師匠の野田一夫さんの言葉だそうです。その方は朝起きたら、新聞の一面を見るんじゃなくて、社会面を見るんだって。社会面に何が書いてあるかというと、訃報の欄があると。この訃報に載っているたくさんの人たちっていうのは、今日、自分が載ることわかってたんだろうかと。病気で入院してて、長くないと宣告されていたら話は違うけれど、不慮の事故とか事件で死んでしまった。最近でも、高級サウナに閉じ込められてしまって30代の夫婦が亡くなったっていう悲しい事件があったと思うけど、それこそ、そんな高級サウナに行けるぐらい成功して、自分を磨いていた夫婦2人が閉じ込められて亡くなるなんて、めちゃくちゃありえないよね。だから、明日は誰にも保障されてないっていうのは、自分がいつ死ぬかっていうのは分からないっていうことを意味していると思う。

 だからこそ、迷わずに自分のやりたいことはやるべきだし、やりたいことは何かって言たら自問自答しないとわからない。だから、たくさん自問自答して思ったことを思った通りにやれば、仮に今夜、死ぬことが決まっていても、それまで思いっきり生きてれば、悔しいけど、でも俺は、後悔なくやったと。やりきったかどうかなんて、自分のことわかってないとわからないから。自問自答して、明日は保障されてないってことを理解して生きていけると、振り返った時に、いい人生だったと思えるんじゃないのかなと。就職するか、しないかなんて、ただの一つの判断だから。幸せに食っていけたらいいわけだから。あんまり仕事で悩まず、どう生きたいかを悩んだ方がいいかな。

 


 

インタビュアーからの一言

 

 工業高校への進学、大学での留年、条件だけで選んだ就職先、官側への転職と半年での退職——どのエピソードも、学生にとっては「失敗」や「不安」と重なりやすい。しかし、だからこそ導き出した彼の生活がある。また、「施工計画の作成」という仕事は、ニッチで希少な仕事だ。建設業=現場作業という固定的なイメージに対し、文章や図面、段取りによって現場を支える専門職が存在することが、具体的な経験とともに示されている。仕事の派手さではなく、どうやって現場を支えるかが語られている点は、職業理解の材料として有効だろう。他にも、建設業ではワークライフバランスを実現するのは難しいと思われがちだが、彼のようにワークライフバランスを実現している方も多くいるのではないかと思わせてくれるインタビューであった。そして、建設業でこんな生き方もありだと感じされられるものでもあった。

 就職にこそ正解があるように見える時代だからこそ、「はみ出す」ことを恐れず、それを活かして、自分の人生を設計していく。今後、彼がどんな計画書を書いていくかが気になるインタビューであった。大事なのは、明日は誰にも保障されていないことを肝に銘じ、日々自問自答を繰り返すこと。息子さんを抱えながら答えていただいたインタビューはとても有意義なものだった。これを将来、息子さんがみた時の反応が気になる2025年年末だった。

 

【会社情報】

株式会社INGENIEUR

mail:yokoyama@ingenieur.jp

 

営業品目:

・施工計画の作成案内(Auto CAD)

・建設業の各種営業支援(安全教育、手順会、勉強会開催、安全関係他、各種書類作成)

・特別教育(職長教育、他)