行政書士と私の人生 18(雇用と教育)

仕事が回りだしてからは、朝から夕方まではお客様、役所、現場などを廻り事務所に戻って夜は書類の作成をする、という生活が続きました。いつしか実家を離れて事務所の近くにアパートを借りて寝泊まりするようになっていました。(プラス、22時ごろから街に繰り出して仲間と飲んでいました)

 

24時間すべて自分のもの、という感覚を味わい、毎日が充実していたのですが、どこかに違和感もありました。

 

「こんな生活がしたくて行政書士を始めたわけじゃない」

「これ以上は事務所の成長がない」

 

という感覚です。

 

そこで仕事仲間からアドバイスされて気が付いたのが「雇用をする」です。私が外回りしている間に書類を作成していてくれる人がいれば、もっと受注の量を倍にすることができる。

 

「もっと成長できる」

 明るい見通しを感じ、雇用を決めました。でも何から手を付けたらよいか分かりません。仲間の土地家屋調査士さんから求人誌の営業の方を紹介してもらいました。

 

当時、リクルート社「タウンワーク」の浜松版が創刊されたばかりでした。元気のよい営業ウーマンが自転車で現れて、記事の内容その他を打合せ。

 

これで世間に「私の事務所が人を探している」ということが公表されます。なんだかドキドキした記憶があります。採用活動の結果、ひとりの男性をパートで雇用することになりました。

 

労働保険の関係も初めて手続きしました。労災保険は労基署、雇用保険はハローワークということも知りました。退勤の管理、給与の計算も見よう見まねでやりました。そういうことは何とかなりますが、一番大事なことが欠けていました。

 

それは「教育」です。

 

一緒に事務所を成長させていってもらうために人を雇用する。それなのに私は教育をするということが頭からすっぽりと抜けていました。

 

ろくに説明もないまま、朝「これとこれとこれやっといて!」と指示をして夕方まで帰ってこない、社員と会わない、という日々が続きました。

 

帰ってきてその日の進み具合をみると、思うように出来ていない。「なんで?」とイライラして当たってしまいます。個人事業主として抱えている不安や恐れを社員にぶつけてしまうのです。

 

間もなく、はじめて雇用した男性は事務所を去っていきました。

 

おかげさまで仕事の量は増えていきましたので、それに応じて二人、三人と社員の数も増えていきましたが、同じ問題が起こりました。

 

この「教育」の問題は、今でも私の課題です。