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職業インタビュー#005「大瀧建築」 代表 大瀧 健太

”4代受け継いできたものと木と生きる家づくり”

野球に打ち込んだ少年時代、父の背中を追って飛び込んだ大工の世界、四代にわたり受け継がれてきた「木を読む」技。厳しさの中で磨かれた技術と、自分たちにしかできない家づくりへの誇り。さらに、変わりゆく時代の中で挑戦する住まいのかたち、若手育成への想い。一人の大工の歩みを通して、「仕事とどう向き合うか」を訴えかけてくれます。

【原点――家業をついだ野球少年】

 

「野球一筋の少年時代と、まだ見ぬ将来」

 

――まず、どんな学生時代を過ごしましたか?

自分は野球をやっていました。小学3年生くらいから始めて、そこからずっと野球一筋でした。今思えば、小学校の土日はほとんど野球でしたね。小学校と中学校のメンバーはほぼ同じで、そのまま同じメンバーで中学校に進むような環境でした。野球をやっているメンバーも同じで、小学校から高校まで、ずっと野球中心の生活でした。中学時代には浜松選抜にも選ばれ、海外に行く経験もさせてもらいました。そういう意味では、楽しい思いもたくさんしましたね。野球は高校まで続けました。当時は建築の仕事をするなんてまったく考えていませんでした。普通科に進み、そのまま地元の大学に進学したという感じです。

 

――そうすると、小さい頃の夢は野球選手ですか?

そうですね。どこかで「もうなれないな」と思った時期もありましたが、小学生の頃は本気で目指していました。野球選手のカードを集めたりして、まさに野球少年でした。

雨が降ると練習が休みになるので、ちょっと嬉しかった記憶もあります。

 

「父の背中が導いた、進路」

 

 ――この仕事をするようになったきっかけや理由はありますか?

大学に入学した頃は、仕事についてそこまで真剣に考えていませんでした。転機になったのは大学4年生のときです。時間もあったので、父のリフォームの仕事を手伝いながら、アルバイトをしていました。就職活動をする中で、そのまま家業に入るという選択肢もありました。ただ父から、「大学まで行って、すぐ父親のもとで働くのはもったいない。うちはいつでも入れるから、自分がやりたいことを一度やってみろ。」と言われました。そこで、22歳のときに旅行会社へ就職しました。もともと旅行が好きで、学生時代は英語も好きでした。海外に関わる仕事や通訳のような仕事ができたらと思っていたのが理由です。その会社は、老人クラブや小学校の修学旅行など団体旅行を扱う会社で、添乗員としてバスに乗り、ガイドさんと一緒に日本各地を回りました。いろいろな場所に行けて、いろいろな経験をさせていただきました。営業で名刺を配ったり、FAXを送ったり、お客さんとやり取りをしたりと社会人として多くのことを学ばせてもらいましたが、1年で退職してしまいました。その時、建築の道に進む決意をしました。訓練校に1年間通い、その翌年から父のもとで働き始めました。そこで本当にスイッチが入った、という感じです。

 

――他の業界に行く選択肢もあったと思います。なぜそれでもお父さんのもとで?

やはり結局は、父の背中がかっこよかったからですね。小学生の頃、近所で上棟式の餅投げをしている姿、家でも漂うヒノキの香りとそれをまとった父。子供ながらにそんな父の背中がカッコいいと感じていました。実は小さい頃、大工という職業が少し恥ずかしかった時期もあります。スーツを着たサラリーマンのお父さんがかっこよく見えたこともありました。なんでうちのお父さんは作業着を着ているんだと。でも、成長するにつれて「やっぱり大工ってかっこいいな」と思うようになり、自然と、「自分は大工だな」と思えたんです。

 

「早く仕事を覚えたい」

 

――働き始めて感じたことはありますか?

親子だからといって甘くはありませんでした。むしろ厳しかったです。自分は4代目で、2代目の祖父と3代目の父がいました。特に祖父は厳しく、昔ながらのやり方で仕事を教えられました。「甘い世界じゃないな」と感じましたし、「自分に家一軒建てられるのか」という不安もありました。父は本当にすごい存在だと感じていました。最初の頃は、とにかく不安と隣り合わせでした。業界の雰囲気は、小さい頃から作業場や現場を見ていたので、なんとなく分かっていましたが、業界のことよりも「早く仕事を覚えたい」という気持ちのほうが強かったです。どのように家ができるのか。なぜこれがこうなって家になるのか。とにかく覚えるのに必死でした。最初にもらっていた給料は本当に少なかったです。でも、何もできなかったので当然だと思っていました。仕事を覚えればもらえるし、できなければもらえない。それが当たり前だと感じていました。なので、まずは仕事を覚えることに必死でした。

 

――その不安はいつ頃解消されましたか?

だんだんと、できることが増えていきました。訓練校では、学科として建築の力学や法律、建築基準法などを初めて体系的に学びました。それが意外と面白かったんです。学んだことを父に確認すると、「そうだよ」と言われて、合ってるんだと自信になりました。父親も知らないコンクリートの強度や鉄筋の特性など、理屈を知ることで理解が深まりました。頭でも理解でき、体でも技術が身についていく新たな技術を習得したり、綺麗に仕上げたりすることが年々増えていき、資格に関しては、2級建築大工技能士や2級建築士を取得し、その後、それぞれ1級も取得しました。その積み重ねで、少しずつ自信がついていきました。

 

【大工という仕事の魅力と、成長を刻んだ現場】

 

「思い描いた家が形になる喜びと達成感」

 

――大工・建設業の魅力ややりがいは何ですか?

大工の仕事の魅力は、1日が本当にあっという間に過ぎることです。集中して作業するので、気づけば休憩の時間になり、作業しているうちに1日が終わります。最初は本当にどうしていいか分からないから不安もありましたが、覚えてくると1日の流れがわかるし、毎日があっという間に過ぎる。自分が大工の仕事が好きだから、やりたいことができるのが一番の喜びでもあります。肉体労働なので疲れはしますが、その分、ご飯もお酒もおいしい。それもやりがいの一つです。あとは、自分が思い描いていた家が形になった瞬間の達成感。お客さんに喜んでもらえたときの嬉しさ。形として残る仕事だからこそ、その瞬間は本当にやりがいです。集中できる日々と、完成の喜びや達成感。それが大きな魅力です。

 

3Kの現実と変わりゆく現場環境」

 

 ――建設業というと世間では「3K(きつい・汚い・危険)」のイメージがありますが、実際はどう思いますか?

確かに、きつい部分はあります。暑いし、寒い、ほこりも吸いますし、音も大きい。大変なことは多いです。自分的にあまり気にしていませんが、そうした現場の苦労は、もう少し報われてもいいと思います。見えないところで我慢しながら働いている人も多いはずです。

 

――昔に比べて労働環境は変化しましたか?

変わってきています。空調服や効率の良い道具も増え、車や設備も進化しています。改善は確実に進んでいると思います。ただ、仕事の性質上、汚れや暑さが完全になくなることはないと思います。それでも、少しずつ改善されていくことが大切だと思います。

 

「最大値を引き出してくれた家――忘れられない挑戦」

 

――印象に残っている現場はありますか?

平屋の和風住宅の現場が、特に印象に残っています。会社から歩いて510分ほどで、23年前の仕事です。最近は「予算内でお願いします」という依頼が多いのですが、そのお宅は社長さんのご自宅で、「もっと良くするにはどうしたらいいか」という発想の依頼でした。予算内に収めるのではなく、「良くなるならお金は出す」という考え方でした。だからこそ、自分の持てる力をすべて注ぐことができました。父は当時70歳。一緒に仕事ができる時間も限られているため、そうした中で、父から教わる最後の大きな仕事のような感覚もありました。そういった事情もあり、とても良いタイミングだったと思います。また、近所で任せてもらえたこともすごく良かったと思います。具体的な仕事内容としては、製材された角材ではなく、自然の丸太を使った家づくりでした。丸みのある丸太を組み合わせるため、難易度は高い。だからこそ挑戦しがいがありました。自分のキャパシティを少し超えるような仕事でしたが、逃げずに「やります」と言えたことが大きかったと思います。夜眠れないほど悩みむのは分かっているけれど、そこに立ち向かっていきました。それでも踏み込んだ結果、自分の成長につながりました。この年になると初めてのことは億劫になります。断れば、慣れた仕事をこなして安定した収入を得ることもできます。でも、少し背伸びをして挑戦するかどうかで、達成感も成長具合も大きく変わる。そういった意味でも大工としての成長を実感できた、忘れられない現場です。こちらの物件では、「第29回静岡県住まい文化賞“優秀賞”」をいただくことができました。

 


 

【受け継いできた技と、木と生きる家づくり】

 

「四代にわたり守り続ける「木を読む」力」

 

―― 四代にわたって受け継がれているものは何ですか?

一番は、「木を読む」ということです。祖父にも父にも散々、口酸っぱく言われてきました。木をよく見て、この木はどんな性質があるのか、どこに使うのが最適かを考えろととことん教わってきました。同じ種類の木でも、使う場所を間違えれば腐ったり曲がったりします。木をしっかり見て判断する。それが大工の基本であり、原点です。

 

――同じ種類でも一本一本違うのですか?

違います。木の中心部分は「赤身」といって水に強く、腐りにくい。一方で外側は節が少なく、きれいだったり、それぞれ特徴があります。日本には四季があり、寒い地域でゆっくり育った木は年輪が詰まり、硬くなります。逆に、暖かいところで育ち成長の早い木は年輪の幅が広く、見た目は立派でも、柔らかいことがあります。一見すると、太くて丈夫そうに見えても、中の身の詰まりが甘く、シロアリに食べられやすいなど、材としての適性も変わります。そういったこともあり、しっかり材木屋さんに材料を見に行くことは心がけています。昔は作業場にある木を見ながら祖父も「これはいい木だぞ」とか言って、わけてくれたり「お前これ取っとけ」みたいなことも教えてもらっていました。そうやって“木を見る目”を養っていました。今では木と真剣に向き合う大工が減ってしまっているけれど、昔は大工が材木を一本一本見極めて、仕入れていました。今は機械で木を製材するプレカット材が主流で、現場では運ばれた材料を組み立てることが多くなりました。その分、「木を見る目」を養う機会は減っています。だからこそ、この原点だけはぶれずに守りたい。工務店がハウスメーカーと同じ土俵で価格競争をしても意味はありません。自分たちは、木と向き合う姿勢を受け継いでいく。それこそが生き残る道だと思っています。

「手刻みに込める想いと木への向き合い方」

 

 ――手刻みと木へのこだわりの理由は何ですか?

手刻みは、技術の継承のためです。手刻みは単なる技術ではなく、木と向き合う姿勢そのものです。手で刻むからこそ、材料一本一本をしっかり見るようになり、どこで育ち、どんな性質を持つ木なのかを知りたくなる。そうして自然と山へ足を運ぶようになります。浜松にはスギやヒノキなど天竜材の採れる山が近くにあります。だからこそ、地元の木を使う「地産地消」にもつながっていきます。手刻みによって、クオリティも大幅に変わると思います。

 

――木のどこを見ますか?

まずは「木口」、つまり切り口です。やはり木は、育ったなりの使い方があるから切り口を見ることで、どういったところに立っていたとか、急速に育った木なのかなど、育った環境や成長の仕方が分かります。木目も重要です。まっすぐな木目なら素直に育った、証拠ですし、曲がった木目なら、その癖を読んで使い方を考えます。使い方を間違えると、荷重がかかったときにさらに反ってしまうこともあります。さらに木の芯の部分も見ています。木の芯がある材は割れやすく、芯を外した材は割れにくいといった特性もあるので、芯がない材料はここで使うとか芯のある材料はこう使うなど選び分けています。

 

「良いと言ってくれるお客様」

 

――どんなお客様が多いですか?

多いのは、自然と向き合っている職業の方です。例えば農家さん。近くで野菜を育てている方はやはり自然を相手にしているから、自然素材への理解が深いです。珪藻土や木を使った家に住んでいると雰囲気が良いみたいな価値観を持っている人は必ずいます。そういった人たちは木が動くこと、色が変わることも「当たり前」と受け止めてくれますが、一方でそれを劣化と捉える方もいます。それは価値観の違いです。全員に共感してもらう家づくりはできません。100人いたら100通りの価値観があります。だからこそ、価値観が合う方と丁寧に向き合うことを大切にしています。ただ、木の無垢材や自然素材ではなく、建材を多用する工業的な家は、新築で完成したときはピカピカに見えるかもしれないけれど、大工の目からすると、自然の素材ではないからどんどん劣化していきますね。

 

――年齢層は高めですか?

そうとも限りません。実際、若い子の方が「天竜材」っていう響きに敏感です。「天竜材を使っているんですか」「天竜材のカウンターいいですね」みたいな声は若い方からもあります。やっぱり木の家がしっくりくるとか実家が木の家だったとか。はたまた自分で興味を持って調べていたり。世代よりも、感性の問題かもしれません。

 

「特別なぬくもり。そして、機能美」

 

 ――木の家の良さは何ですか?

木は、見た目にもぬくもりがあります。そして機能的にも優れています。戦後は住宅不足の時代で、効率よく建てるために「新建材」が広がった時代もありました。「新建材」は表面だけ薄く本物の木を貼り、中は合板という材料です。一方、自分たちは天竜杉の無垢材を床などに使います。本物の木は、肌触りが違います。冬でも冷たくなりにくく、熱の伝わり方もやわらかい。従来のウレタン塗装で木の呼吸を止めてしまうと、梅雨時にベタつきやすくなる。無垢材は湿気を吸収・放出するため、さらっとした感触が続きます。さらに「うづくり加工」を施すことで、年輪の硬い部分が浮き出し、凹凸のある表面になります。足裏に心地よく、滑り止め効果もあります。年輪の幅が狭い木ほど硬く、その部分が凸として残ります。温もりがあったり、視覚的な部分ももちろんあるけれど、実際に手に触れた時の感覚の違いもある。そういった意味でも本当の木を使った家づくりをお勧めしたいし、木の家の価値を伝えていきたいです。自然がつくった模様と質感。それがそのまま住まいの一部になります。もちろん、デザイン面では工夫も必要です。昔ながらの大工さんが作る家だとやはり若い方には刺さりにくいから、そこはデザインを工夫して和のテイストを残しつつ、現代的な要素を取り入れる。例えば障子のデザインでも、縦のラインと横のラインのバランスを考えてデザインすることで、軽やかな印象になるようにしています。

 

「お客様の要望と天竜材の良さ」

 

――お客さんから要望はどんなものが多いですか?

最近は「雰囲気がいい」みたいな空間づくりへの要望が増えています。もちろん「寒くない家」「暑くない家」「地震に強い家」といった性能面の要望もあります。ただ、それ以上に「木を使った心地よい空間」や「この家のここがいい」といった、暮らしのシーンを大切にする声が多いです。性能を整えたうえで、木の空間ならではの心地よさをつくれるように意識してます。

また、他の要望としては、本当に皆さん、若い方も含めて天竜スギや天竜ヒノキを使いたいという声が多いですね。地元愛があるからか、天竜スギを使うことはかなり多く、皆さん受け入れてくれます。建築的に言うと、天竜スギは構造材としてとても優れています。スギやヒノキは全国的にさまざまな産地がありますが、天竜スギや天竜ヒノキの特徴は、山と町の距離がとても近いことです。浜松市は人口約80万人の都市です。でも、すぐ近くに山がある。つまり、需要と供給が成り立っているエリアなんです。例えば他県でも良い材料は取れますが、近くに大きな需要地がない場合は、遠方まで運ぶこともあります。それに比べて浜松は、天竜に行けばすぐ良い材料が手に入る。この距離感は大きな強みです。また、九州など暖かい地域で育った木は、成長が早く年輪の幅が広い傾向があります。柔らかくなりやすく、強度にも差が出ます。一方、浜松は寒暖差があり、天竜の木は年輪が詰まりやすい。強度を示すヤング係数などの数値にも表れていて、構造材に適していると言われています。木目も綺麗ですし、総合的に優れた材だと思います。

 

「 墨付けと手刻み――本物の大工を育てる環境」

 

――大瀧建築で働いたら身につくことは何ですか?

うちの一番の特徴は、墨付けと手刻みができることです。墨付けとは、作業場に運ばれてきた木材の一本一本に墨をつける作業です。墨差しという竹でできた道具を使って、「ここを切る」「ここを加工する」という印をつけていきます。今はプレカットといって、工場で機械加工された材料を使う工務店が多く、大工全員が墨付け刻みをできるわけではありません。会社の方針もありますが、うちで働けば昔ながらの大工の仕事を一から経験できます。そのため、本来の意味で一から家づくりができる環境です。プレカットはコスト的にも時間的にも効率的ですが、本来もう少し長く取りたい部分が機械の都合で短くなったり、硬くしたい部分も必要以上に緩く加工されてしまうこともあります。自分で墨を付け、その木材を間違いのないよう組み上げる。その瞬間はパズルの最後の1ピースがはまる以上に格別で、最高の達成感があります。もしも墨を数ミリ間違えたら組み上がりません。もちろん責任や重圧もあり、例えば、お施主さんは上棟式の準備をして、親戚も集まっている中で「今日は組み上がりません」とは言えません。だから常に緊張感はあります。でも、その一棟をやりきる達成感がある。そこがこの仕事の面白さで、大工本来の仕事を楽しみ、家を建てる責任を感じるためにも、できるだけプレカットに頼らないようにしています。そういった面ではうちは面白みを感じられると思います。

 

――伝統的な工法を大切にされていると思いますが、逆に新しい何かを取り入れていますか?

新しい技術の取り組みとしては、設計の3Dや構造計算のソフトを積極的に使っています。お客様がイメージしやすいようにすることはもちろん、最近は家の機能性も重要視されており、断熱性能や耐震性能などの数値的な裏付けも大切にしています。以前は祖父や父が「二間飛ばすならこの寸法の梁」と、経験則で教えてくれていました。それだとやはり、長年培ってきた感覚ではあるけれど根拠はありません。だから今はソフトで計算して、必要な梁の大きさを数値で確認します。でも、父や祖父が言っていた寸法とソフトが計算した数値は、大きく間違ってはおらず、安心・安全を考えた少し余裕を見た設計だったことも分かりました。祖父や父の感覚は合っていたんだと思うと同時にすごいなと思います。伝統を大切にしながらも、根拠のある説明と性能の向上を欠かさない。そのためにも、最新の道具やソフトは積極的に取り入れています。

 

【これからの住まいと、地域工務店の使命】

 

「可変する住まいへ――スケルトン・インフィルへの挑戦」

 

――今後どんなことに挑戦していきたいですか?

時代がどんどん変わりゆく中で、これからは「スケルトン・インフィル」に挑戦していきたいと思っています。これまでの家づくりは、最初から子ども部屋や寝室を細かく区切ることが多かった。しかし、家族構成は変わるもので、子どもが独り立ちをすれば、子供部屋が物置になることも少なくありません。柱や壁で細かく区切ると、後から変えるのが難しく、簡単に柱なども抜くことはできないから使い勝手が悪い。そこで、大きな箱(スケルトン)をつくり、中の仕切り(インフィル)は可変的にする。このような状況に応じて変えられる家づくりを目指したいと思っています。また、今は空き家も増加していて、空き家の改修でも一度骨組みにしてから中を取り替えたりすることが多い。だからこそ、建物を引き継いでいくという意味でも将来を見据えた構造を大切にしながら、より使い勝手が良いように家づくりをしていきたいと思っています。家族がゆるやかにつながる空間づくりを意識しつつ、プライバシーを守りながらも、家族との距離が保てる間取りを取り入れていきたいと考えています。

 

「平屋が選ばれる理由と、街並みに馴染む家づくり」

 

――平屋が増加したのはなぜですか?

まず核家族化が進んだこと。そして老後を見据え、1階で生活が完結する家を望む人が増えたことが理由だと思います。以前は60坪ほどに3世代が一つの屋根の下で暮らす住宅が多くありました。しかし同居は減り、敷地内同居も減少。家の規模も40坪程度になり、さらに物価高騰で建築費は5,000万、6,000万と上がっています。結果として30坪、あるいは20坪の平屋という選択肢が増えています。欧州風やカルフォニア風などデザインのトレンドもありますが、トレンドは変わりますし、無理に流行を取り入れると、街並みに統一感がなくなり、日本らしい美しい街並みを少し崩すことになってしまうからです。目指しているのは、威圧的でない、周囲に馴染む木造の家で「なんとなく雰囲気がいいね」と言ってもらえる家です。周囲の環境をあまり邪魔しない家づくりも、工務店の役目だと考えています。

 

「技術の伝承と若手育成への取り組み」

 

――技術の伝承・若者の育成についてはどうですか?

今は浜松工業高校の部活動に臨時講師として教えに行ったり、「木の家ネットワーク」という団体に所属し、大工になって5年未満の若手育成の講師を務めたりしています。浜松工業高校には「建築研究部」という部活動があり、臨時講師として年間15回ほど指導に行きました。部員たちは「建築大工技能士」の資格試験や、高校生同士の「ものづくりコンテスト」に向けて活動しています。ノコギリ、ノミ、カンナなどを使い一つの課題作品を完成させる必要があり、その指導を行っています。ちょっとしたコツを教えると、「すごい」、「なるほど」と素直に面白がってくれています。

こうした技術などを伝える場があれば、今後も積極的に関わりたいと思っています。楽しさを知るきっかけになれば、その先は自分で切り開いてくれると思います。社内は現在、父・弟・義兄と全員がベテランです。そのため今後は自社でも若手の採用や育成に力を入れていきたいと考えています。また、「木の家ネットワーク」は工務店の団体で、上部団体としてJBN(全国工務店団体)があります。そこでは国の住宅政策や補助金情報、住宅市場の動向などを共有し、地域工務店としてどう戦っていくかを話し合い、情報交換をしています。今は大工不足が深刻です。今の若者はパソコン仕事が当たり前になっていますが、AIの発展でホワイトカラーの仕事が変わると言われています。大工はブルーカラーではありますが、頭も体も使う仕事です。誰もが一人前になれるわけではなく、努力の差も出ますが、自分を磨き続けられる魅力があり、形として残る仕事なのでやりがいは無限大です。

 

【生き方の軸と職人美学】

 

「若かりし頃の自分へ伝えたいこと」

 

――若い頃の自分へのアドバイスはありますか?

私は普通科高校に進み、大学では経営情報を学び、最終的に大工になりました。学生時代から建築を学んでいたら、また違ったこともあったのかなと思うこともあります。ただ、野球を続けて体を動かしていたことはなんとなく良かったと思います。人生のスイッチが入るタイミングは人それぞれです。学生時代でなくてもいい。どこかで「本気でやろう」と思えた瞬間に集中できれば、それで十分だと思います。20代はやりたいことをやって後悔のないように生きればいいのではないかと思います。会社を辞めてフラフラするかもしれないし、迷ったり遠回りしたりしても、その経験が後に生かされてくると思います。

あとは若いうちにもっと海外を見ておけばよかったとも思います。大学4年のときに友人と初めて自分たちだけでバリ島へ行ったのがきっかけで、その後何度も海外を訪れました。今後、海外で活躍するする人も増えていきますし、若い頃にもっと早くにどんどんいけばよかったと思っています。海外に出ると、治安の良さ、人の温かさなどの日本の良さに気づきます。視野が広がる経験は、できるだけ早いほうがいいと感じています。

「一念発起」

 

――仕事や人生で大切にしていることはありますか?

座右の銘は「一念発起」。決めるまでに時間がかかることはありますが、決めたら進む。それが自分のスタイルです。自分たちの強みは、代々受け継いできた大工仕事です。その大工仕事を最大限発揮するために設計の勉強もする。他と比較したり流行のデザインを追うのではなく、できることを磨き続ける。そこをぶらさない。変に色々なところに手を出しても上手くいかないからっていうのもあります。汚れる仕事をせずコストを抑える機械化の進む時代だからこそ逆にチャンスで、手間をかける価値がある。作業場についても、別に作業場がなくても仕事はできるけれど、作業場を持って手刻みを続ける。それが自分たちの強みであり、できることを楽しみながら続ける。それがモットーです。

 

「作り込んだ仕事をさらっと表現する」

 

――理想の人間像・かっこいい職人はどんな人ですか?

理想は「仕事を見せない人」です。色々入り組んだ難しい技術がなされていても、さらっと簡単にやったように見せる。「俺がやった」と主張するのではなく、さらっと仕事をこなす。裏ではめちゃくちゃ努力をしているけれど、誇示しない。仕事でも人としても、そんな在り方を目指しています。

かっこいい職人は基本ができる人だと思います。道具を大切にする。片付けや掃除ができる。一番最初に習うところではあるけれど、現場が綺麗なら、仕事も綺麗だと思います。裏では徹底的にやっていても、それを前面に出さない。例えば、変木の曲がったような取り合いの納め加工をあたかも生えていたように取り付ける「なぶる」という加工の際に、ある職人の方は「なぶってるんだけど、なぶってない」みたいな表現をしていて、そういうこと!って思いました。そういった感覚は日本の美意識にも通じるものだと思います。

 

【次の世代へ――若者への期待とメッセージ】

 

「若者と向き合うときに大切にしていること」

 

――若者に接する上で大切にしていることは何ですか?

おじさん的なことかも知れないけれど昔の武勇伝を語らず、同じ目線で接すること。やっぱり自分も若い頃は分からないことがいっぱいあったので、その立場に立って話すことを大切にしています。

 

「若者への期待。そして、本質を掴んでほしいという願い」

 

――最近の若者についてどう思いますか?

今の若者は、一生懸命な姿を恥ずかしがらない。そこがすごいと思います。努力する人がきちんと評価される空気があり、素直な子が多い印象です。頑張っている子はしっかり頑張っていて、友達からも先生からも評価される。今の方が全然いいと思います。

一方、そんなこと時代じゃないと言われるかも知れませんが、働き方改革の影響もあり、時間を惜しまず貪欲に技術を磨く姿勢が弱くなっていると感じることもあります。好きでやりたいなら、時間を惜しまずどんどん磨いてほしい。昔話になってしまいますが、ノミ研ぎ一つとっても休憩中だろうが休みだろうがやって当たり前だった。その努力は後で必ず差になると思います。今、世の中は働き方改革で、それはごもっともな部分もあるけれど、そればかりでなく、どんどん技術を身につけていく貪欲さはあってもいいかなと思います。

 

――実際に働いている現場にいる若者はどうですか?

その子たちもそうですね。やりたいなら貪欲にやったらいいと思う。プレカットを採用している大手ハウスメーカーに勤めるのも一つの選択肢ですが、本質的な大工仕事の楽しさを知る機会は少ないかもしれません。親としても大手で安心という面もあるとは思いますが、歳をとった時に体力のある若者に勝てるかといえばそうではないし、若いうちにしか積めない経験や技術もあると思います。大工の本当の面白さを体感することなく、大工って“こんなもんか”って辞めていく子も多い。だから、大工の本質的なところの楽しさを味わってほしいと思います。そして、さらにもう一歩踏み込んだ、本当の楽しさを貪欲に掴んでほしいですね。

 

「迷う人へ――やりがいを選ぶということ」

 

――人生や進路に迷っている人へアドバイスをお願いします

最終的に同じことを言っているかもしれないけど、人生は長いし、どうせ仕事をするなら、楽しいと思えること、やりがいのあることを選んでほしいです。やっぱり自分が楽しいと思ったり、やりがいのある仕事だったり人のためになる仕事を選ぶべきだと思います。なんでこんなに頑張れるかっていうと、もちろん仕事の対価としてお金がもらえるのはあるけれど、それ以上にお客さんに喜んでもらえるからで、それが自分の原動力です。喜んでいただく姿、その積み重ねがもっと良い家をつくりたいという気持ちにつながっています。

個人的には「なんかこの家素敵だ」「素敵な家をありがとう」って言われたいですし、そういうのが自分のやりがいになっていると思います。

 

【会社情報】

「大瀧建築」

〒431-0201 静岡県浜松市中央区篠原町20263

TEL:053-488-6710 (FAX:053-488-6710)

E-mail:[email protected]

HP:浜松の大工工務店 大瀧建築

 

【各種SNS】

・Instagram:大瀧建築/浜松市の大工工務店(@ohtaki_kenchiku) • Instagram写真と動画

・Facebook:大瀧建築 | Hamamatsu-shi Shizuoka | Facebook

 

 

【営業内容】

新築・リフォーム・増改築工事の設計、施工、管理等