行政書士と私の人生24(海を漂う手漕ぎ船)

 

二度目の引っ越しは、日本社会がリーマンショック、東北東日本大震災という未曾有の経験を経た後、政権が交代し、積極的な経済政策が効果を出し始めた頃のことでした。

 

公共工事の発注額が増え、労務単価も定期的に上昇する方向に変わり、東京オリンピックに向けた民間投資も積極的になり、建設不動産業界も活気を取り戻しているように感じられました。

 

昨年、経審(経営事項審査)のご依頼を15年以上前からいただいている土木工事業のお客様から、リーマンショック後、政治家が「コンクリートから人へ」と言っていた時期は本当に経営が苦しく、命を絶とうと考えてしまったこともあった、と聞かされました。それが徐々に回復してきていた時期です。

 

私の事務所も業績が回復してきて、月末の支払い毎に冷や汗をかかなくても良くなり、気持ちにも少し余裕ができてきました。

結婚当初は事務所の近くに賃貸マンションを借りていましたが、長男が誕生して直ぐに私の実家へ引っ越して5年ぐらい経過していました。色々あって実家を出たほうがよいと決断し、ローンを組み、中古住宅を買って、生まれたばかりの次男と家族4人で新居に引っ越しをしました。

 

自分の家を買う、ということも私にとっては人生の一大事でした。

結婚して長男が幼い頃の5年間が一番、経営的に苦しかった時期なので、住宅ローンを組むことにも恐怖感があったのです。

引っ越しが落ち着いた日の夜、新居で初めて風呂につかった時のことはよく覚えています。自分の家っていいな~という感慨です。

嬉しいあまり、その年末には社員を自宅に招いて忘年会を開いたほどでした。

 

そんなある日、日経新聞の正月特集を読んでいて、はっとしてしまいました。

それは過去10年間ぐらいの株価の動きと社会情勢が一目でわかるようなグラフでしたが、私の事務所の業績の推移と、株価の推移の形がすごく似ていたのです。

 

ちょっと待て。

最近の調子の良さも、自分で事務所をやり繰りした結果に思えていたけど、結局は世の中の流れに沿って浮き沈みをしているだけじゃないか。

まるで手漕ぎの船で海をさまよっているみたいだ。

なんておぼつかない経営をしているんだ。

 

もっと安定した事務所経営をしたい。

できればエンジン付きの帆船にしたい。

自分の得意な分野は建設業、不動産にかかわる業務。

しかしもっと事務所を強固にしていくには、別の分野が得意な行政書士と一緒になってやっていったほうがいいのではないか。

 

今になって思えば、経営のおぼつかなさは、船の作りやサイズの問題ではなくて、船長(船頭)自身の問題、ということなのですが、当時は自分自身の成長ではなくて、事務所の体裁をどうにかしよう、という意識にとらわれたのです。

 

そんな時SNSで、行政書士法人の経営者から直接生の話を聞けるイベントが東京で開催される、ということを知りました。

私は何か心を動かされ、そのイベントに申し込みをしました。